RÓT by FYLGDU MÉR

ESSAY

焼き物が呼び覚ますもの

― 個我をはるかに超えたところに集合意識体が存在し、通常は認識の網の上には浮上してこないが、ものとの出会いが時として、意識下の意識と呼ぶべき領域に気づかされる契機となることがある。道具としてのものはそこでは古代の鏡の様に、常態を透過して、未知の領域を照らし出す。身体、あたまに奉仕する道具が反転し、彼岸的世界の入口の鍵となるわけである。
浮遊する無意識体が我々の触覚や視覚を通して、なにがしかを語ろうとしているのではないか。
人にとって、崇高なるものへの畏れや敬意の意識が再び新たな意味を持ちはじめているように感じられる。―
工藝新聞タタター2015年創刊号 石井直人「工藝の見えざる部分」より抜粋(発行所 独華陶邑・Gallery白田)

いがんだタイルのカウンター

フィルクトゥミエール大阪のレストランの象徴的な存在が、正方形の陶板タイルを全面に貼った大きなカウンターである。激しく燃え盛る炎の通った痕跡だけでなく、そのすさまじい熱量も受けた無釉の陶板は、あるものはうねり、あるものは波打ち、と一様ではない。土と水と火と、人の精神が融合して誕生した、原始から変わらない美しさと力強さが陶となって結実しているようだ。
フィルクトゥミエールのクリエイティブディレクターの柳原照弘さんは、大阪店設計中に、親しくしている京都・京丹波町の陶芸家・石井直人さんのアトリエで偶然目にした数枚の陶板から、カウンターに貼ることを発想した。石井さん曰く「いがんだタイル」と評するこのカウンターの陶板は、長年使い込んだ窯で焼かれたもの。作りたての窯で最初に焼くことを「初窯」というが、かつて石井さんの登り窯の初窯で焼いた陶板は平滑で端正な形状だったという。それらは京都市内の友人宅の台所や、お店の厨房、玄関などに納められた。「最近の窯の中は(長年の間に)ひっついているものがたくさんあるから、その影響でどうしても“いがむ”んです」。良し悪しではなく、土と火と窯は人の想像を超えた作用がいくつも重なりあって焼き物を誕生させることを、石井さんは必然と捉えている。

窯焚きは他力の仕事

現在は1年か1年半に1度のペースで行なっている登り窯の窯焚きを、石井さんは“他力”的な仕事と表現する。
「地球上のすべての火は太陽の“飛び火“やからね。自然の力という他力だけでなく、薪を準備する人、窯詰めする人、薪をくべる手伝いの人、食事の準備をしてくれる人。窯焚きはいろいろな人の助けがないとできません。自分の力はごく一部で、他力的であることに意味がある。そこに、古代からの人間の営みの積み重ねという見えない力が加わっている、とも感じます。自分の力をはるかに超えた人間の集合的な意識の世界に近いかもしれません。そんな巨大な存在が、焼き物が成立する背景にあるような気がします」。
そのことを強く感じたのが昨年秋の窯焚きの時だった。夏の台風で窯の煙突の一部が崩れたため、親しく行き来している名人の左官職人、久住章さんが修繕をしてくれた。4日ほどで完成したものの、久住さんは「前の形は構造的に合理的やないし、気に入らんかったんや」と、煙突口を異なる姿に仕上げたのである。空気が引き出される出口が少し変わっただけで、焼成の方程式がすべて変わる。以前は3つある部屋の手前から奥の部屋へと順に内部の温度が上昇したのだが、昨年の窯焚きでは一番奥の部屋の温度が先に上がって手前の部屋の温度がなかなか上がらなかったそう。「これは真ん中の部屋は全滅や」と焦った石井さんは、一旦焼成を止めた。ところが不思議なことに奥の熱が回ってきて手前の温度がちゃんと上がり始めていることに気づき、再度焚き口を封印したところ、すべての部屋の焼き物がきちんと焼けたのである。これには石井さんも、パートナーの石井すみ子さんも、人の力を超越したものを感じたという。
「焼き物は粘土という物質を変容させる作業かもしれませんが、もしかしたら作っている自分自身を変容させるのが目的なのではと思うこともあります。自分の意識も窯焚きで変わる。ハーバード・リード*1が、“焼き物は物質と精神の融合したものだ”という意味のことを書いていて、その通りやなと思て。日常ではあり得ないような火による負荷をかけることで切り開ける世界がある。そこに焼き物の魅力があるんやろなと」。

時間が深める焼き物の性質

窯の中で焼き物の表情が変化することを「窯変」というが、最近、今までの焼き物の歴史を“ちょっと超脱する”ような自分自身の窯変を達成できたような気がする、と石井さんはひとつの花器を見せてくれた。それは黒い肌に幽玄的な紫の影が立ち上っている、静けさと激しさが表裏一体となった表情を持っていた。長い時間をかけた焼成だからこそ到達できた、奥行きのある世界だ。
「窯焚きの時の内部は火の熱だけでなく、圧力も相当かかる。窯そのものが膨張するくらいだから、焼き物にかかる負荷はものすごい。特に焚き口の近くは焼き物が灰に埋もれやすく、その重みでさらに負荷がかかるので、土が耐えられず裂けてしまう。ところが普段やったら置かないその焚き口に置いてみたら、こういう肌合いに焼けたんです」。
もちろん完品が焼ける確率は低いので、銀で継いだりして世に出しているそう。狙ったわけではなく偶然にできあがった表情に触発され、また焼いてみるとさらに思いがけないものができあがる。そのような、ものと自分の変容の繰り返しに引き込まれている、と石井さんはいう。
石井さんの焼き物のコレクターであるベルギーのアートディーラー、アクセル・ヴェルヴォールト氏は、石井さんの作品を評する時に“タイムレス”という言葉を使うという。
「タイムレスとは、時間を超越するという意味と、時間が深めるという両方の意味があって、自分の焼き物に関しては後者の意味で解釈しています。桃山時代の焼き物の雨漏手*2のように、日本では古くから時間軸がものの性質を深めていくと捉えていた。現代もその感覚をもってアートや工芸を活性化させるとよいのでは。完璧な姿に美を求めてきたヨーロッパの人たちも、窯変のように自然に、偶然に生まれる美にビジョンを求めるようになってきた。おもしろい時代やなと思っています」。
フィルクトゥミエール大阪ではレストランだけでなく、各フロアで石井さんの焼き物を使い、展示している。高麗、宋や明代の器のような個我を超えた形状と、火に焼かれた時間をためた力強い表情は、私たちの中に眠る、土と水と火の出合いへの希求を呼び覚ますのである。

Text: Aya Ogawa
Photography: Takumi Ota